最近シミジミ思う事がある。僕のFacebookでオーナーの自社ビルが完成した事や海外出張でヨーロッパに行ったこと、バリの兄貴に会いに行ったことや、グループ会社の社長通しで飲んでる的なリア充投稿をしていると、実際に僕のFacebookを見た事がある人に会った時に、結構な頻度で「凄いですね〜」とか「成功されていますね」と言われる。

違う。完全に違うと声のボリュームを大にして言いたい。

自社ビルは建てたオーナーが凄いだけで自分は全く関係ない。海外出張でヨーロッパに行ったのは、行かなかったら代理店契約が切られるかもしれないという危機感が第1の理由だし、バリの兄貴には毎年2,000人くらいが訪問している。また色んな人との飲み会は友達が少ない僕の稀にしかないキラキラした瞬間であり、嬉しいからSNSに投稿して酒と自分に酔っているだけ。

SNSを通すと何となく凄く見えてしまう。でも実際は大したことをしていないという認識しかない。むしろ未だに失敗ばかりしているし、行き当たりばったり感が凄いし、もう37歳かと思うほど青年と同じ感覚でオッサンになっている。


シミジミ思う。騙しているつもりは完全にないが、勝手に皆 勘違いをしてくれている。

自分は凄くもないし、成功もしていないけれども、確かに満足した人生は送れるようになった。日本で借金生活をしていた事がある自分がバンコクという都会で会社の社長をやらせてもらっている。経費で海外にも行く。美味いものも食べられるようになったし、昔では会えないような著名な方や日本でバリバリ活躍されている方ともお会い出来るようになった。本当にありがたい事だ。

最近、たまたまネットで流れている情報を見てこんな本を読んだ。「人生は運よりも、実力よりも勘違いさせる力で決まっている」。by ふろむだ氏。

この本には大して実力もない人が1つの事をキッカケとして、さも実力があるように見えてしまっているので、その人の周りには優秀な人やお金が集まりやる事が次々と上手く行くというものだ。

こういうのは本当にあると思う。タイで活動をしているといろんな人に出会う。実力のある人やそうでない人。

僕が嫉妬を感じて仕方がないのはそれほど実力があるとは思えない感じなんだけど、なんか色んなところで取り上げられている。この人はルールを知っているんだろう。


そして、こんな僕も少しだけこれに当てはまることがある。僕の場合のキッカケというのは、タイに来て国際物流業者の営業担当として毎日飛び込みの営業電話をかけ、日本人駐在員に馬鹿にされながらドブ板営業を続けて結果を出し、オーナーに認めてもらって会社をやらさせてもらった事。

この昭和スタイルのドブ板営業が功を奏して結果が出たから、今のようなポジションで仕事をする事が出来、周りから凄いと勘違いされるようになった。しかし違う。先日だが卵を割って殻を捨てるつもりが、卵を捨ててしまった。僕はそんなお茶目な人間だ。

何が言いたいかというと、最初の第一歩を成功させるためにガムシャラに行動をし一番最初の結果を出すだけで良いんだってこと。あと自分が活躍できる所で頑張るという事かな。自分の場合は元々が海外で働きたいという高いモチベーションもあったし、英語と根拠のない自信だけは昔から達者だった。

最初の一歩が上手くいけば、あとはそれをSNSなどを使ってリア充アピールすれば周りが勝手に勘違いをしてくれる。

そしてここからが一番大切なんだけれども、謙虚でい続けなければいけない。自分は一度 副業で上手くいき独立をした経験があるが、27歳くらいの若者が毎月100万円近くの金を手にしたらそれは調子に乗ってしまう。

当時自分が上手くいったのは円高の時に日本で未発売の商品をアメリカから輸入してネットで販売するという時流に乗れたからだ。実力ではない。でもその時は完全に自分の実力だと思っていた。今思い出すとイタい。イタすぎる。

そんな実力もないカンチガイ野郎は借金をして当たり前だ。あの当時 上述した本に書いている本にあるようにハロー効果(後光効果と呼ばれるもの)を使いながら、謙虚に地道にコツコツと努力を重ねる事が出来れば借金生活などせず、派遣会社と深夜のバイトを掛け持ちなんてしなくてよかったんだ。

そして個人のブランド化というものを最近意識するようになった。理由としては実力で勝負するのが無意味だと感じたからだ。

それは上記の体験や、上述したタイであまり実力のなさそうな感じの人が取り上げられているという事実にショックを受けた。

周りが勘違いしてくれてチヤホヤしてくれる分にはただ単に嬉しいのだが、大した実力ではない人なのに周りが持ち上げ(勘違いではなく人間的な魅力もあるのだろう)て何か凄そうな感じのことをやっていると嫉妬を感じてしまうのだ。このことから実力は関係ないのだと心から思った。人柄も大切だと強く思ってます。

幻冬社の箕輪さんの著書「死ぬこと以外かすり傷」にも、

実力だけで何者かになれるなどという甘い考えは捨てたほうがいい。実力がある人間など世の中に掃いて捨てるほどいる。しかし、上位1%の本物の天才以外は代えの利く存在だ。

実際にそうだと思う。今は知的であるとか、優秀であるというのは、ちょっとググったら解決できることばかりの世の中において以前ほど重要視されるような事ではなくなってきたと思う。もちろん教養があるということは魅力の一つでもあるので何も知らないということがいいわけではないが、優秀さよりももっと重要なのが個人のブランド力なんだと思う。

実力があるが無名だという人って非常に勿体無い。無名だと自分で頑張って仕事を取りに行かないといけないし、良い人材も頑張って探さなければいけない。しかし、さほど優秀でなくても個人ブランド力が非常に高かったら、お客さんの方から来てくれるし、良い人材も向こうからやってくる。




実力が評価されないなんて世の中は不条理だと思うかもしれないが、世の中何が正しくて何が間違っているかなんて時代と大衆によって変わることだから自分が良いと決めた方向に突っ走ればいいんじゃないかと思う。