タイで働く日本人が仕事やTwitterでの伝え方について考えてみた話

伝えたいことは伝わっているだろうか?伝えるという行為は仕事だけでなく、家族、友人、親戚、隣人など、人との会話が生まれる場面で必ず必要になってくる。伝えたい事を伝えることが出来れば、希望・理想通りに人は反応をしたり動いたりしてくれる。

しかし、それが簡単に上手くいったら伝え方の本などは存在しない。

伝え方を間違ってしまったり、間違った意図が伝わってしてまうと、相手は正しく動いてくれないし不愉快な気持ちになり反抗的にもなる。酷い場合は敵意を持たれてしまう場合もある

僕にも伝え方を間違えてしまって相手を嫌な気持ちにさせた事なんて100万回くらいある。人との会話の度に伝え方を意識することが出来れば少しはマシになるのかもしれないが、学生の時、仕事が忙しくてテンパっている時、自分の機嫌が悪い時、酔っ払っている時など。

これらの時は言葉を正しく選ぶことが出来ていない。

大人は感情を隠してコミュニケーションを取る

露骨に嫌な反応をされれば伝え方を間違ったなと気づく事ができるが、大人になると人は感情をあからさまに外に出さない。成熟した大人になればなるほど内面で起こっている怒りや爆発寸前な感情をうまく抑えている

そうなるとこの人は自分から距離をとっていく。場合によっては自分の未熟さ、伝え方の悪さ、人間性を他者に悪意や勘違いのフィルターを通して伝えられるかもしれない。

タイで働く人の伝え方

現在僕はタイのバンコクで仕事をしている。僕の会社では僕以外全員タイ人だ。タイ人への伝え方は非常にやり易い。基本的に褒めてあげれば良いのだ。何か失敗したとしても感情任せに怒るなんてやってはいけない。

それが他の人前で怒るなどの配慮の欠いた伝え方をしてしまうと命の危険性がある。本当だ。この手の殺人事件はたまにニュースになっている。

タイ人は良い意味で純粋で、嫌な事を嫌だと伝えてくれる。言葉には出さない場合もあるが、嫌だと感じた時の反応が秒で分かる。コミュニケーションをしているときに伝え方の答え合わせが割と簡単に出来るのだ。

しかし仕事においては伝わったかのように思えても、相手の理解力が乏しいせいか、こちらの伝え方力がまだ足りないせいかで正しく行動をしてもらえないケースは多々ある。しかし人間関係を保つ上での伝え方は日本よりグッとシンプルなのは事実だ。

伝えるのに言葉は最も重要なのか?

伝える為には何が必要か?もちろん言葉は重要なのだがタイで活動をしている僕の場合 伝える手段としての言葉がうまく機能しない場合がある。それは僕のタイ語が未熟だったり、相手の英語力と僕の英語力のギャップだったりもする。

そんな不完全な言語を使いながらコミュニケーションをとっている訳だが、仕事では経営は安定しているし、プライベートでは嫁はタイ人なんだけど幸せな家庭を築けていると今のところ思う。

言葉は不完全だけれども伝える努力を怠っていないという自負はある。そして更に言えば相手を理解しようという気持ちは必ず持つようにしている。まず相手の言葉を理解しようとする

お互いの共通言語が共に不完全だし単語やフレーズを聞いた時に良く理解出来なかったとしても、何を言おうとしているのかを頭を使って推測する

言葉でしか判断できない人間

ここで僕のドライバーさんの話なんだけど、僕がタイに赴任して間も無い頃に日本に帰る予定があった。ドライバーさんに「空港に連れて行って欲しい」と拙いタイ語で伝えた時がある。その時はエアアジアのチケットを取っていたのでスワナプーム空港ではなく、ドンムアン空港に行く必要があった。

しかしその時はドンムアンという単語を良く覚えていなかったので、

飯野飯野

日本に帰る。スワナプームじゃない。ドンガン?ドンバン?ドン・・空港に行って。

このように伝えたらドライバーは

ドライバードライバー

「は?はあ??」

と言ってくる。タイや中国は「何?」と聞き返す時に「は?」と言ってくる。慣れていないとイラっとする。

バンコクに空港は2つしかない。日本に帰る。スワナプームじゃないと言って、「ドン」まで言っていたら普通理解出来るだろう??と思うかもしれないが、相手のことを理解しようとしない人間とのコミュニケーションはこんな感じだというのを理解頂けただろうか?

あなたはこんな感じになっていないだろうか?

コミュニケーションの本質

コミュニケーションにおいて相手を理解しようとする気持ちは、木に例えると幹のようなものだ。言葉は葉っぱ。だから木の幹が腐っていたら葉っぱも余裕で腐っている。人間性が腐っている人の発する言葉は後述するが、一部の例を除いて大体腐っている(ってか葉っぱなんで生えないけど)。

例えば心理学やネットで得られるような伝え方のテクニック論だけを学んだとしても、人間性の本質が変わるわけではない。

相手をコントロールする、意のままに操ってやろうというような邪な考えがあると相手は敏感にそれを察知する。それは相手が成熟した大人・人間であればあるほど秒で察知される

だから何かを伝えるという事において最も重要なのは言葉ではない成熟した人間性であったり、人として大きな器だったりする。そして人として成熟する為に必要なのは、成熟した人との出会いや失敗だと思う。

成熟した人に影響を受ければその人を真似たくなる。意識をして自分との違いを見つけて改善しようと努力をする。そして沢山失敗をすれば、その都度 自分が傷つき、時には相手を傷つけてしまうのでそれも改善しようと努力をする。

木の幹が強くなると葉っぱも合わせて自然と生き生きとするものである。

伝える規模にもよる

しかし優れた人間性だけでは伝わる人にしか伝わらない。これは何を目標にしているかにもよるんだけれども、15人くらいで社長の目が全部行き届くくらいの小さな組織での成功を目指すのであれば人間性だけである程度は十分かもしれない。

反対にTwitterやSNSを使ったマーケティングを使って多くの人に影響力を与えようとするのであれば「言葉」はとても重要なツールになってくる

広く伝える為にテクニックが存在する

そしてこのツールとしての言葉はトレーニング次第で上達させたり、意識して使い分けたりする事で多くの人に何らかの影響を与えることが出来る

炎上商法が分かりやすい例だろう。意図的に強い言葉、一部の人に不快な言葉をわざと使って刺激をして反応による行動をとらせる事でより多くの人に認知される。この方法が良いか悪いかは別としてテクニックとして有効だから実行する人もいる。

このテクニックに人間性の器は関係ない。行動と考え(人間性)を分けて捉える事が出来れば、相手の取る行動一つ一つに反応して踊らされる事がなくなるだろう。

まとめ

何が言いたいかというと伝えるという行為において最も重要なのは人間性なんだけれども、多くの人に影響を与えようとする場合は言葉を磨く必要がある

自分に信念があり社会的に素晴らしい行動をして貧乏な人もいる一方で、詐欺師の方が儲かっているというのは皮肉な話で詐欺師からも学べるものはあるのではないか。詐欺師になれとは言っていない。

僕自身もTwitterをやっていて多くの人に自分の活動を知ってもらって仕事につながれば良いなと思っているのだが影響力は望んでいる程のものではない。

そこには耳障りの良い言葉だけを並べるより、テーマに対して言い切る強さが必要だったり時には刺激的な言葉を使う必要があったりする。そんなTwitterでの伸び悩みを思いながら書いた雑記が本日のものだ。

伝わっただろうか?